生きることとは

昨日、本屋でふと3大宗教についての本が目に入り購入しました。

仏道は、まず「生きるということは、苦である」という自覚から始まるそうです。ずいぶん悲観的で厭世的な印象をうけますが、この場合の苦とは「思い通りにならない」の意だそうです。生きるということは、思いどおりにならない。自分の思い通り現実をコントロールすることなどできない、そういうことだそうです。

そこで「思い」の方を調える。「思い(執着)」が強ければ強いほど、現実との落差は大きくなります。つまり苦悩が強くなるわけです。執着を小さくすれば、苦悩も小さくなる。究極的には、執着をなくしてしまえば、苦悩もなくなる。簡単にいうと(簡単に言い過ぎですが、)仏教とはそういう宗教だそうです。

私、「生きることは耐えること」と思って生活している節があります。また、「過度な期待(執着)はしない」とも気を付けています。それは、私が過度な期待をしすぎる傾向があり、それが原因で落ち込んで体調を崩したりしてしまったことがあるからです。経験から身に付けた自分を守る術ですが、こういう話をすると、寂しい人間だと言われるので、最近は声に出すことはなくなりました。でも、この本を読んで、自分の考えが歪んでいる訳ではないと、少し心に青空が見えました。

しかし、凡人の私はそんな悟りが開けないのが現実で、やはり日々傷つくのです(苦笑)。

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コメント / トラックバック2件

  1. 残暑お見舞い申し上げます!

    一瞬びっくりする仏教論だけれど、昔は今ほど娯楽がなく、日々の生活をするのさえ精一杯、死が常に身近だった頃は、「生きることは苦」と教えられることで、なんだ、そうか、自分ひとりじゃないんだと、心からほっとできたんじゃないかな。

    5月に亡くなった祖母が熱心な仏教徒だったけれど、大正時代生まれの世代が生きた年月を思うと、仏様の教えをそばに感じていたことは、どれほど心強かったかと思うのです。

    私は、生きることは耐える事とまでは思っていないけれど、何事も期待しすぎるとしっぺ返しも大きいので、いつも最悪の事態も想定して、たいていのことは想定内に収まるというような人生を歩いている気がします(笑)
    でもモボモガさんと同じ、たまにちょっとハズして・・・気持ちが乱れます(苦笑)

    • keroさん、お久しぶりです!残暑お見舞い申し上げます。

      ひとり言のような記事にコメントありがとうございます。
      気をつけているといっても、結局はできていないので、気持ち乱れまくりなのです^^;。

      でも、それなりになんとか生き抜いてます(笑)。

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